便利な世の中はストレスがたまる。

この震災で、感じたことがある。電車は止まり、携帯はつながりにくい。店は早く閉まり、品切れが多い。不便な世の中になったものである。しかし私はストレスを感じるどころかむしろ精神的に楽だった。何故かが震災前に紹介したこの本に書かれている。『しばられてみる生き方 軍隊式・超ストレスコントロール術』(下園 壮太):講談社+α新書|講談社BOOK倶楽部やっぱり重要な本だと思うのだ。

「以前なら地方の学生が都会に出て下宿を探すのに、駅前の不動産屋を数件回り、紹介された数十件をの物件から数件見て回って、それで決めた。そうするしかなかった。でも今はネットによって検索すれば数千件がヒットする。その中に写真や間取りの情報もあり、周辺の情報、口コミの評判まで調べられる。確かに便利である。だがそれによって彼が下宿を決めるのに費やした総合的エネルギーは減っただろうか?彼は下宿を決めるのに何時間PCの前で悩み、何時間人と相談しただろう?一昔前なら1日で済んだ仕事が、現地に行かなくても済むにもかかわらず、とんだ大仕事に変わってしまっている。」
「ただどんなに検討したところで、決めたあとで後悔する可能性は0にならない。絶対将来を約束する方法などない。それが人生である。」
「私たちはエネルギー消費=体を使う、と考えがちで脳の消費する精神的疲労を見落としがちである。選択という作業は、情報を収集、分析、決断しなければいけない。だから選択肢が増えれば増えるほど選択にかかるエネルギーは2次関数的に増えていく。」
「さらに選択と共に大きなエネルギーを消費するのが、感情の動き。とりわけ「不安」である。必要な情報を見落としてないだろうかという不安。後悔しないだろうかという不安。自分で自己責任で決めるので後で自分を責めるかもしれないという不安」

ここまで書けば、だいたい分かると思うのだけど、私たちは日々の生活の中、最善の1日を送ろうと思っている。仕事で忙しい中、買い物したり所用を済ませてなるべく多く寝たい。等と考えてる。電車が時間通り、コンビ二は24時間ばっちり、スーパーは品切れなし、だと何時に帰り、どこで食事を済ませ、どこのコンビニによって帰るかを多くの選択肢から選び、失敗したら自分を責めるしかない。でも震災直後の私は、スーパーでも売ってる野菜が少なく晩飯のメニューを決めるのは楽だったし、例え電車が混んでて帰りが遅くなっても地震だものしょうがないよ。つまりは自分を責める必要がなかったのである。
それが不便だとかえって精神的なストレスが減ることの理由であったと思うのだ。

「僕は練習でも私生活でも試合でも全力を尽くすんです。だって後悔したくないじゃないですか。」って言ったのは元サッカー日本代表GK川口能活氏。サッカー選手の人生に関してはそれが正解かもしれないし、それは自分には分からないが、一般人の日々の生活ではあんまりそういう風には考えない方がいいと思う。