ネットウヨクには勇気づけられた経験がないのでは・・

最近、ネットウヨクやテレビにおける「日本はすごいんです」特集など、日本の右傾化?に関するニュースが多いのでそれについて考えてみた。(と言っても小林よしのり戦争論がヒットしてから10年以上続いてる気もするけど・・)

それについて思うのは、日本人には子供の頃アドラー心理学でいう所の「勇気づけ」られた経験が極度に少ないのではないかということである。私は子供の頃、サッカークラブに入っていたが、指導とは何をするにもダメだしなのである。勝っても負けても走れてない、声が出てない、気持ちがこもってない、挙げ句の果てに罰走が待っている。それは褒めると天狗になって向上心をなくすから・・怒るのが親が指導者の愛情・・という考えにも基づいている。学校では先生が日本は歴史を反省してない悪い国です。メディアでは知識人は日本は欧米より遅れてます。外国を見習わないといけません。

自分のアイデンティティに対しダメ出しされるということは虐待の一つであると思う。だから少なくとも中学生以下の子供に対しては「日本人はダメ」というべきではなかった。当然今我々もヘイトスピーチ在日韓国人の子供に与える影響について考えないといけないと思う。

最近、実はフェミニストネット右翼って似てるのでは・・と思い始めてる。フェミニストにも色々だろうが、子供の頃から「女はダメ、女は劣等」と言われ続けた反動として、男性攻撃に走るフェミニストと、「日本人はダメ」と言われ続けた反動として「日本人はすごい」外国人攻撃に走るネットウヨクは似てる。両者の間違いはどこから起きるのだろうか?それは「女はダメ」「日本人はダメ」への対局は「男はダメ」「日本人はすごい」ではなく「自分はOK」「自分はできる」であるべきだということなのだ。

私自身、毒親である母親がテレビを見ては「日本人ってだめよね〜」「男ってダメよね〜」という感想を漏らす人であった。そういう人間には子供にダメだししてる自覚がない。ただそういう虐待を受けた傷からの回復というのは、日本人を他の外国人と比べるとか男と女で比べるのではなく、自分自身に対して勇気づけることによってなされるのである。

欧米が日本やアジアや他の地域に対して民度が高いかどうかは分からないが、もし民度の差というものがあるなら、それは自分のアイデンティティにダメだしされた経験が少ない事と、「君ならできる」と勇気づけられた経験が多いことによると思う。

自分自身そういう勇気づけの体験が例えば高くても無農薬野菜を買おうとか、電車の中で妊婦さんや老人に席譲るなどの日本をいい国にしようという行為に繋がってる気がするが、虐待の傷から回復できてない人は、攻撃に走るしかないのかと思った。